2018.12.04 Tuesday

魅力的な都市、富山。

こんばんは!M子です。

12月に入りましたが、季節外れのお天気が続いてますね。

2018年もあと少し、今年を振り返り

皆様におススメしたい旅を紹介させていただきます。

 

まずは、8月初旬に訪れた富山県です。

食材〈お魚、昆布、お米、日本酒〉、金箔など日本を代表する産業が豊かなイメージがつよく、

大変楽しみにしていた旅でもありました。

 

当日、富山駅についてみると、想像以上の暑さで、、大変驚きました。。

しかしながら、今回はアクティブな女性二人旅。ばてていられません。

まずは、富山市舞台芸術パーク内にあるDINING&CAFE 呉音へ。

 

 

建築家 隈 研吾氏がデザインしたカフェで、お昼から多くの女性客で賑わってます。

 

店内は、木のぬくもりを感じられるつくりになっていて、優雅なひと時を過ごせました。

ランチは、地元産の豚を使ったお料理をチョイス。

地元食材を使ったお料理で、大変美味しかったです!!

 

 

 

次は、所長オススメの富山市ガラス美術館へ。

こちらも隈 研吾氏が設計された建物で、ガラス、アルミを組み合わせた美しい外見がひときわ目立っていました。

建物内は、美術館、富山市の図書館そして、カフェがあり、家族で過ごせくつろげる空間に感動しました。

 

 

エレベーターで上までのぼりますと、下の階がダイナミックに見下ろせます。

 

途中の階には図書館があり、皆さん利用されていました。

こんな、ステキな図書館羨ましい。。

 

 

じっくりと建物を探訪したあと、地元の方オススメの回転寿司へ行き、地元魚、日本酒を堪能しました。

新しい建物が次々とできている富山、また食べ物もおいしく、すっかり富山が好きになりました。

是非皆さんも富山を楽しんでみて下さい!

次回は、所長も。。。

 

P.S.

先月、富山の新米 ふふふを見つけ思わず購入しました。。。 

ふっくらして美味しかったですよ。

 

2018.11.22 Thursday

アルヴァ・アアルト展

皆さま、こんばんは!

週末早起きをして、葉山にある神奈川県立近代美術館へ行ってきました。

Alvar Aalto展です。

 

10時前に到着しましたが、既に沢山の人で賑わってました。

アルヴァ・アアルト、20世紀を代表する世界的有名な建築家です。

彼の活動は、建築から家具、ガラス食器などの日用品のデザインと多岐にわたり、偉大な功績を残しました。

 

 

展覧会場では、家具やガラス食器などが展示されており、馴染みのあるものが幾つもあります。

世界各地にあるアアルトのドローイングも見られるようになっており、所長は時間をかけて熱心にみておりました。

 

休憩室では、アアルトの写真、アアルトがデザインした家具などが配置されており、実際に座ってくつろげるようになっています。

素敵な空間です。

 

 

 

窓から一色海岸が見えます。

こんな空間憧れますね。

 

 

 

意外と柔らかみがあって、リラックス出来る椅子でした!

所長もお試し中。

 

美術館の後は、森戸神社近くにある三角屋根に寄って、コーヒーと抹茶パウンドケーキを頂きました。美味しかったです!!

 

 

 

海を眺めながら、のんびりとした葉山時間を楽しめました。

葉山、また行きたいです!!M子でした。

2017.03.12 Sunday

ギャラ間・堀部安嗣展

こんばんは。


先日、久々にTOTOギャラー・間へ行ってきました。

現在、堀部安嗣氏の個展「堀部安嗣展 建築の居場所」が開催されており、以前から気になっておりましたもので、隙間の時間を縫って、行ってまいりました。

ギャラリーの入口の3階には、木製の模型が並び、図面や書籍もゆっくりと読み込めるように置かれ、外庭ではカエルの鳴き声が心地よく流れていました。4階では30分ビデオが上映されていました。1時間くらいはゆっくりと見てきたいボリュームです。

ビデオ上映の始めの方は、見逃してしまったのですが、イヴェール ボスケ(石川県の喫茶店)のクライアントの話が面白かったです。本当は平葺きの屋根にしたかったとのことでしたが、トタンの波板の屋根になってしまい、でも、雨が降ったときに波板の溝にそって、雨が落ちる様子をみて、深く感銘を受けたとのこと。なるほど。


↓3階の模型






 

堀部安嗣展は3月19日までですので、ご興味のおありの方はお早めに。

 

ではでは。

2017.01.18 Wednesday

サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局

こんばんは。

今週も早くも水曜日が終わろうとしています。

イタリア研修では得るものがたくさんありましたが、仕事もたくさんたまってしまって、、、

頑張っております。。

 

と言いつつ、本日もイタリアの話題です。

現存する世界最古の薬局、サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局です。

フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂のすぐ近くにあります。

入口は分りづらいですが、中に入ると、意外にも奥に深い建物です。

 

↓入口。

 

↓入口を入って振り返ったところ

 

販売ホール。とても薬局とは思えないですが、もともとは教会(14世紀に建造)として使われていたスペースのようです。その後1848年の大改修で、天井のゴシック様式は保存しつつ、薬局の栄光をたたえるフレスコ画が描かれたとのことです。

 

↓奥の方には、豪華な部屋も。。

この部屋は、1600年代から1848年まで販売室として使われていた薬局部分。

 

↓昔からの薬品が陳列されています。

 

薬局としての起源は13世紀まで遡り、1612年に薬局として認可されたとのこと。

800年以上もの歴史があるわけですね。

メディチ家を始め、ヨーロッパ諸侯が顧客リストに入っていたそうです。

今は、観光客で賑わっていました。

 

 

 

 

2017.01.17 Tuesday

グッチ本店

こんばんは。今日は昨日より暖かく感じますがいかがでしょうか?

こういう夜は軽くジョギングします。すっきりしますね。

さて本日の話題は、昨日に引き続き、グッチ本店です。グッチ本店もフェルガモと同じく、フィレンツェに本店を構えています。フェルガモ本店から、北側へ進むとすぐ見えてきます。↓


↓角の部屋が、ショーケースのように目立ちます。壁も棚の部分もクロス貼りになっています。

↓拡大



グッチの創始者は、グッチオ・グッチ1881年フィレンツェ生まれです。ロンドンのサヴォイ・ホテルの皿洗いからウェイターになり、第1次世界大戦後はフィレンツェで皮革の扱い方を習得し、会社を設立。1923年にGUTTIの店名を掲げるのが始まり。ブランドの元祖と呼ばれています。

またグッチは、世界で初めて、品質保証のためにデザイナーの名前を商品に入れたことでも知られているとのこと。

2017.01.16 Monday

フェラガモ本店

こんばんは。とても寒いですね。

この寒さ、イタリアを思い出します。。

 

フェラガモ本店フィレンツェにあります。

なぜフィレンツェなのか、、というと、フィレンツェはなめし革の産地なのです。

なめし革の技術はフィレンツェで14世紀以降めざましい発展を遂げ、現在でも大変クオリティが高いのです。

ちなみに、なめしとは、皮革製品の原材料である動物の「皮」に防腐処理を施し、「革」へ生まれ変わらせる工程のことを言います。

 

創始者サルヴァトーレ・フェラガモは、イタリア南部の出身で、靴を作り始め、11歳で靴屋を開業、15歳でアメリカのボストンへ渡り、カリフォルニアへ移り、ハリウッド俳優らを顧客とします。その後、1927年イタリアに戻りフィレンツェで「サルヴァトーレ・フェラガモ」を開業しました。

 

本店↓アルノ川沿いにあります。目の前はアルノ川。

 

↓本店入口

 

本店の地下は、博物館になっており、マリリン・モンローやオードリー・ヘプバーンの木型などがおいてあります。↓

2017.01.14 Saturday

ローマ

こんばんは。ボナセーラ!

イタリア研修の最後はローマです。

ローマは一日にしては成らず、という言葉がありますが、

ローマ時代から現代まで、まさに積層してできた魅力ある都市です。

歩いてみると、次々と発見と驚きがあります。

 

ローマは7つの丘テヴェレ川からなり、丘に挟まれた低地には湿地帯が広がっていましたが、紀元前6世紀の下水道設置により排水機能が整備され、そこに都市の中心、フォロ・ロマーノが建設されました。フォロ・ロマーノの西側にあるカンピリオドの丘には、神殿が建てられ、ギリシャのアクロポリスと同じような役割を果たしていました。フォロ・ロマーノには、ローマ皇帝が次々とフォロを造営し、またコロッセウムも建設され、次第に拡張されていきました。開発は、カンピリオドの丘の西側にも拡がり、パンテオンドミティアヌス競技場(現在のナヴォーナ広場)がつくられました。現在のパンテオンは、125年に完成したもので、コンクリートが使われています。

 

フォロ・ロマーノ

 

コロッセウム

 

パンテオン

パンテオン内部

 

 

313年コンスタンティヌス帝のミラノ勅令により、キリスト教が公認されて以降、教会が建てられるようになります。

ローマ帝国崩壊後はローマの都市は衰退しますが、聖ペテロが祀られているヴァチカンに教皇庁が移されると、ヴァチカンを中心にローマの都市改造が進みます。16世紀には、ブラマンテによるサン・ピエトロ大聖堂の本格的な建て替えが始められますが、この建て替えには多額の費用が必要で、いわゆる免罪符(贖宥状)の販売によって資金を集めようとします。このことに疑義を感じたルターが批判の声をあげ、宗教改革が始まるのです。

サン・ピエトロ大聖堂の建て替えが進んでくると、教皇はミケランジェロを呼びます。ミケランジェロは、ブラマンテの案を発展させながら、美しいドームを実現させました。さらに、ローマの中心であったカンピリオドの丘を整備し、左右対称の美しい広場へつくり変え、教皇による都市統合のイメージをより鮮明に視覚化させたのです。

 

サン・ピエトロ大聖堂

カンピリオド広場

 

 

16世紀末になると、ローマでは宗教改革に対抗する気運が盛り上がり、巡礼ルートを整備する目的で、7つのバシリカ(ローマ教皇によって宗教的特権を与えられた七つの教会堂;サン・ピエトロ大聖堂サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂、サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂、サン・セバスティアーノ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂、そしてサンタ・クローチェ・イン・ジェルサレンメ聖堂)を直線道路で繋ぎ、広場にランドマークとしてオベリスクを建てました。こうして、道路を進むことによってドラマチックな空間体験が現れる、バロックの都市空間をつくりだしました。

 

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂内部

 

17世紀に入ると、ボッロミーニベルニーニコルトーナらが活躍し、バロックの都市をより演劇的に仕立てていきます。サン・ピエトロ大聖堂前の楕円の広場はベルニーニによるものです。その他、ボッロミーニによるサン・カルロ・アッレ・クアットロ・フォンターネ聖堂や、ベルニーニによるサンタンドレア・アル・クィリナーレ聖堂があります。

 

↓サン・カルロ・アッレ・クアットロ・フォンターネ聖堂

 

↓サンタンドレア・アル・クィリナーレ聖堂

サンタンドレア・アル・クィリナーレ聖堂内部

 

18世紀には、スペイン階段トレヴィの泉がつくられ、19世紀にイタリアが統一され、ローマがイタリア王国の首都となると、大規模な再開発が行われ、ローマの新たな中心としてカンピリオド広場の隣にヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂が建てられました。

スペイン階段

 

トレヴィの泉

 

ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂

 

 

2017.01.13 Friday

フィレンツェ

こんばんは。ボナセーラ!

困ったことに、まだイタリアの余韻、時差が残っております。。

イタリアでは寒波で寒かったのですが、日本も寒波がきていますね。

石造りの多いイタリアでは、部屋の中は暖かかったですが、日本は部屋の中でも寒いところも多いのではないでしょうか。。

風邪をひかないように気を付けましょう。

 

さてイタリア研修、ヴェネツィアの次はフィレンツェです。

アルノ川のほとりにあるフィレンツェは、日本の京都とも姉妹都市のまちです。

フィレンツェには、3つの大きな広場、シニョリーヤ広場レプッブリカ(共和国)広場ドゥオモ広場がまちの中心にあります。

 

レプッブリカ(共和国)広場は19世紀に現在の形に整備されましたが、もともとはローマ時代の政治・宗教の中心(フォロ)であり、中世には市場機能をもつ広場となりました。この広場を中心に東西南北の中心軸上に道路が敷かれいます。まちは格子状に作られ、ローマ時代、中世前期、後期とまちは拡大し、城壁の位置も変わっていきました。

 

レプッブリカ広場。クリスマスツリーがまだありました。メリーゴーランドもあります。

 

 

ルネサンス期になると、フィレンツェは芸術の都として、黄金期を迎えます。大聖堂のクーポラの建設の設計競技でフィリッポ・ブルネレスキが選ばれ、今まで誰もつくれなかった程の大きなクーポラをつくりました。このクーポラは2重構造によってできており、その隙間に階段があり、頂部まで登ることができます。ただ残念なことに、たくさんの行列ができており、頂部までの登頂は断念しました。

 

ドゥオモ広場

 

ブルネレスキのクーポラ

 

 

フィレンツェのまちには、をもった住宅が多くあり、貴族が高さを競っていましたが、13〜14世紀にヴェッキオ宮の塔ができて、政庁舎として使われてからは、これ以上高い塔は建てられなくなりました。

16世紀メディチ家のコジモ1世の時に、ウフィツィ宮殿(現在のウフィツィ美術館)が建設され、宮廷の拠点は、アルノ川の南の方へ移されました。それに伴い都市改造が行われ、ヴェッキオ宮からピッティ宮殿(ヴェッキオ橋を渡った先)まで空中通廊が既存の都市軸線上に重ね合わされました。ヴェッキオ橋の上部回廊はその時にできた回廊です。この頃から、シニョリーヤ広場が政治の中心となったのです。

 

ヴェッキオ宮とその前のシニョリーヤ広場

 

ヴェッキオ橋と上部通廊

 

ウフィツィ美術館とヴェッキオ宮

 

ウフィツィ美術館内部

 

ウフィツィ美術館には、磯崎さんのパネルがありました。ウフィツィ美術館の新しい玄関の設計コンペで選ばれた際のものです(1999年)。その後、計画は止まってしまったようです。

 

 

ヴェッキオ宮から東方面へ行くと、サンタ・クローチェ教会があります。ミケランジェロはじめ多くの文化人の墓や、ドナテルロによるレリーフ「受胎告知」が有名です。また、美しい回廊があります。

 

サンタ・クローチェ教会

 

2017.01.12 Thursday

ヴェネツィア

こんにちは。無事昨日イタリアから帰国し、平常業務に戻っております。

イタリア研修中、ブログアップをしようと思っていたものの、なかなかできなかったので、イタリア研修の様子を引き続きお伝えしたいと思います。

それにしても、イタリアは寒波の影響で寒かったです。スキー場をあるいているような感じでした。ただ、天気には恵まれていましたので、お日様が上がると暖かくなってたすかりました。

 

さて、イタリア研修、ミラノの次は、ヴェネツィアです。

 

ヴェネツィアのまちは、外敵から身を守るために干潟に松の木の杭を大量に打ち込んで地盤補強を行い、その上に厚い木製の板、石をのせ、建物がつくられています。松の木の杭は、水面より下にあるため、腐らずに現在も使用されています。近年、工業地帯の地下水組み上げにより、地盤沈下が問題になり、今では地下水利用は厳しく規制されています。

 

ヴェネツィアにある建物は、軽量化のために、床を木造↓でつくっているため、大勢の人と一緒に歩くと揺れます。木造のため、過去には火災もあり、ヴェネツィアガラスの工房を離れた島に移すなど対策が練られています。

 

ヴェネツィアのまちは、小さな島が400個程の橋で繋がってできており、街路・水路は迷路のようです↓。交通手段は今でも船で、観光用のゴンドラはゴンドラの造り手や漕ぎ手の後継者問題があるそうです。漕ぎ手の稼ぎは良いらしいですが。。。

 

サン・マルコ寺院↓は、思っていたよりも、こじんまりとした印象を受けましたが、交易のまちだけあり、ピンク大理石など、様々な建築素材を方々から調達してつくられています。残念ながら教会の行事と重なってしまい、内部には入れなかったのですが、建物の形式は、ビザンチン様式でつくられ、壁、床のモザイクは大変すばらしいとのことです。

 

サン・マルコ広場

 

↓ドゥカーレ宮殿は、サン・マルコ寺院に接して建っており、イスラム的な立面をしています。

 

黄金の階段。儀式の時に使用します。24金で豪華絢爛に装飾されています。

 

↓53m×25mの大評議会の間。高さは15m程度はありそうです。

無柱空間としては欧州最大とのことです。

正面の絵は、ティントレットの「天国」です。世界最大級の油絵です。

ヴェネツィアは、周囲が海に囲われているため、湿度が高く、フレスコ画には向いていない土地柄なので、キャンバス貼りの上に油絵で描かれているのです。

 

巨人の階段。儀式のときに使われる階段です。

 

↓ヴェネツィアで良く目にする窓です。


 

↓吹きガラスでできた窓です。

 

 

 

 

2017.01.08 Sunday

ミラノ

こんにちは。只今イタリア研修中です。ロンドンのヒースロー空港経由でミラノに入り、初日ミラノをまわりました。

ミラノはかつて、メディオラヌム、つまりミドルランド(平原の真ん中)と呼ばれていました。ローマ時代には、北側のアルプス越えのための足がかりとなる要衝として使われ、西ローマ帝国の時代には、首都でもありました。 他の街とは異なり、この街には生活排水を流すための川がなく、アルプスの方から水を引き込む必要がありました。15世紀にはレオナルド・ダ・ヴィンチも、この治水工事に携わっていたと言われており、その功績により、スフォルツェスコ城の建設に関わりました。このスフォルツェスコ城というのは、ミラノの街の北側に位置し、敵の襲来に備えるためにこの城からのびる城壁で街全体が囲われていました。そして街の中心には、4万人が収容できる、ドゥオモ(神の家の意)があります。当時の街の人々4万人全員が入れる大きさです。

 

↓ルネサンス期のミラノ。北側にスフォルツェスコ城、中央にドゥオモがある。

 

↓スフォルツェスコ城外観。城壁の四角い小さな穴は足場固定用の穴。

↓スフォルツェスコ城中庭



↓ドゥオモ外観

↓ドゥオモ内観

↓ドゥオモ側面

↓ドゥオモ前の広場



こちら↓は、サンタ・マリア・ディレ・グラツィエ教会。ゴシック様式です。

この教会の食堂に、レオナルド・ダ・ヴィンチ最後の晩餐があります。



 

2016.12.28 Wednesday

旧井上房一郎邸

こんばんは。

先ほど、地震がありました。皆様、大丈夫でしょうか?

最近は地震が多いので、普段から準備が必要ですね。

 

昨日は、今まで見に行こうと思っていて見に行けなかった建築物で富弘美術館を挙げましたが、

もう一つ、高崎にある旧井上房一郎邸があります。

 

旧井上房一郎邸は、東京麻布の笄町にあった、アントニン・レーモンドの自邸兼事務所のコピーとして知られています。

というのも、井上氏の高崎にある自邸が焼失してしまった後、レーモンドの許可を得て、図面の提供を受け、また実測も行い、再現したものなのです。おおもとのレーモンド自邸兼事務所は現在残っていませんので、とても重要な建物です。

ただ、この旧井上邸は、全て住居として建てられているということ、パティオと居間、台所の位置関係、和室が設けられていることがレーモンドの自邸兼事務所と異なる点です。

 

南側からの外観です↓

 

見学アプローチは、南側からこのパティオを通って、室内に上がりますが、当時は北側からアクセスし、玄関を上がった先にこのパティオがありました。↓

 

居間です↓。高窓があり、とても開放的な空間です。

レーモンドの妻、ノエミ・レーモンドがデザインした暖炉やカウンターがあります。

 

寝室です↓。左側の窓の先に、先ほどのパティオがあります。窓をあけるとパティオと一体感がでます。

 

和室です↓。これは、もともとのレーモンドの自邸兼事務所には無かったものです。

 

パティオのつくりや、窓のとり方から、内と外との一体感がでるように設計されています。

天井も高く、とても快適そうです。

 

高崎市美術館からアクセスできます。

2016.12.27 Tuesday

富弘美術館

こんばんは。

もう明日で仕事納めの方も多いのではないでしょうか。

 

今年1年振り返ってみると、今まで見に行こうと思っていながら、見に行けなかった、

富弘美術館に9月初めに行くことができ、なんだか胸のつかえがとれたような思いです。。

 

富弘美術館は、群馬県のみどり市にあり、現在の建物は2005年に開館したものなので、もう築11年以上たちます。

設計競技の時から注目され、建築学会賞までとっている、ヨコミゾマコトさんの作品です。

33個の円筒状の部屋が集まってできているため、迷路性がでているのかと思っていたのですが、意外にもシンプルにゾーニングされており、明快な構成と感じました。また円筒状の部屋が、用途毎に仕上げ材料が変えてあり、なかなかと苦労してつくったのだろう、、とか色々と想像しながら、楽しませて頂きました。

また、星野さんの絵と詩も、すばらしいものでした。

 

館内写真は撮れなかったのですが、エントランスは↓。

 

風除室↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016.12.19 Monday

吉田五十八の生誕日

こんばんは。今日は寒さも和らいで、過ごしやすいですね。

年内もあと少しです。ラストスパートで頑張っております!

 

さて今日、12月19日は、吉田五十八(よしだいそや 1894年12月19日−1974年)の生誕日です。

鎌倉には、吉田五十八の設計した、吉屋信子邸(吉屋信子記念館)があります。

鎌倉の長谷の住宅街の中にあり、一般公開期間以外でも、予約受付で見学ができます。

何度か行ったことがあるのですが、とても丁寧につくられている印象を受けます。

リビングの奥の部屋は、上段の間のようなつくりで、フォーマルな雰囲気が漂います。

 

葉山には、山口蓬春邸(山口蓬春記念館)が、神奈川県立美術館葉山館のすぐ近くにあります。

こちらも吉田五十八が設計をした建物(増改築の設計)で、山口蓬春のアトリエは、結構好きな空間です。

程よい高さの天井と、大きな開口部越し見えるもみじが印象的です。

月曜日と展示準備期間以外は、見学できます。

 

機会があれば、是非見学してみてください!

 

ではでは。

 

2016.11.09 Wednesday

モダニズム建築の保存運動

おはようございます。

今日は一段と寒さが厳しいですね。木枯らしが吹くかどうか。。

 

昨晩のクローズアップ現代で、「我が町のレガシー?お荷物?〜モダニズム建築 騒動記〜」をやっておりました。

黒川紀章設計の中銀カプセルタワー、丹下健三設計の香川県立体育館、アントニン・レーモンド設計の鬼北町庁舎、倉吉市立明倫小学校など採り上げられており、忙しい中、ついつい見入ってしましました。このような建築的価値もあり、地域の人々にも愛されている建物についての保存の運動は、とても大切なことと思います。その他、菊竹清訓の都城市民会館、アントニン・レーモンドの群馬音楽センターなどなど画像もでておりました。

アントニン・レーモンドの群馬音楽センターは、先日、といっても9月、に立ち寄ったのですが、群馬交響楽団の拠点となっているだけあり、よく使われているように見えました。築50年程の建物で、以前から老朽化による問題も指摘されており、新しい音楽ホールを備えた高崎文化芸術センターが現在建設中です。群馬交響楽団は、新しい文化芸術センターへ拠点を移す予定のようですが、レーモンドのホールの方は、保存活用の方向とのことです。レーモンドの建築は、私の好きな建築の一つでもあります。見守っていきたいですね。

↓9月に立ち寄った際の写真です。

本日の雑感まで。。

 

2015.05.12 Tuesday

パリを歩く

ご無沙汰しております。先月パリへ行っておりました。
先月のパリは、好天に恵まれ、また大変日が長いです。夜の8時でもまだ明るいです。
まず紹介したいのは、エッフェル塔のすぐそばにある、ケ・ブランリ美術館です。
アフリカ、アジア、オセアニア、南北アメリカの原始美術が展示されています。
建築設計はジャン・ヌーヴェル、ランドスケープはジル・クレモン、緑化壁面はパトリック・ブランの設計によるものです。

様々な色のボックスが立面から飛び出ています。
展示されている地域の土の色が表現されているとか。。

残念ながら、行った時にはすでに閉館しており、建物内には入れなかったものの、
壁面の緑化や、ランドスケープなど、大変興味深いものでした。
敷地からは、エッフェル塔が見えます。

また続きは今度。。。